進撃の巨人(2013)

 ある雑誌に掲載された国立科学博物館の研究員の談話でこんなものがありました。

 

「生まれたばかりの子供がなりふり構わず大声で泣くということは、人類以外にはいません。自然界で、身を守る手立てを持たない無力な幼体が鳴くということは、天敵に対して餌の存在を宣伝することになります。天敵と対峙している種がそんなことをしてしまうと、子供を失うことによってその種は絶滅します」

 

 

 そしてさらにその談話は、天敵を駆逐した種は確実に進化していくということも語っていました。

 

 生まれたばかりの赤ん坊が大声で泣いていても、肉食動物が扉を開けて入ってくることはあり得ません。人類は有史前から群れよりも社会的な集団を組んで、自然を活用しながらも安全な空間を創出してきました。そして農業文化の発展を基盤として、自然界の食物連鎖ピラミッドから離脱しました。そこから人類の歴史が綴り始められたということもできるでしょう。確かに未知の伝染病や宇宙からの災厄によって、人類が滅びる可能性が無いとは言えません。しかしながら、この自然界には人間を捕食して生きている生物がいないということは明らかな事実です。


 「進撃の巨人」は、そんな人類が新たに天敵の出現を迎えたらどうなるかという物語です。

 

 

 時代のころは中世ぐらいなんでしょうか。人類を捕食する動物が出現します。姿かたちは人間によく似ていますが、知能程度は低く、その組織性は全く無いと思われています。天敵というのは捕食対象からすれば支配的存在なので、その有様を理解できないというところなのかもしれません。人間に対する優位性は、巨人と言われるその大きさと、頭を吹き飛ばされても元通りに復元してしまう蘇生能力です。人類はそのほとんどの数を失いながらも、万里の長城のような3枚の壁の建築により、ようやく安住の地を獲得します。そして、安住の地は100年の間維持されました。その間、人類は巨人と対峙する軍隊を維持しながらも、進歩のない時間を過ごしたようです。先ほども揚げましたように、天敵と対峙しながらの進歩はあり得ないということかもしれません。 壁の中の安寧な100年は堕落を引き起こしました。外に向かって発展していけない状況と壁がもたらす平和がその要因だったといえるでしょう。先ほど時代的には中世と申しましたが、文明的、文化的退行も存在したのかもしれません。 やがて、壁よりも高い巨人の出現によって、壁神話は崩壊します。そこからがこの物語のはじまりとなります。

 

 

 天敵の出現と言いましても、巨人たちに侵略といえるような政治的意図は感じられませんし、壁以外に無策であるというところがどうも信じがたいところです。軍隊の兵士の装備はまるで、中世の技術に無理やり適応させたバルキュリーのようでもあります。しかしながら、そこに繰り広げられる人間たちの心理描写があまりにも巧みなのです。それで、天敵の出現という、ある意味での極限状況下での人間模様がこの物語の主題となるのではないか,と私は解釈しました。もちろん、巨人の在り方の謎解きもこの物語の大切なエッセンスとなっていることは否めませんし、SFとしてみるならそれも不可欠です。ただ、私が言いたいのは心理描写の微細さと、その理由がきっちりと表現されているので、純文学として受け止めてもいいのではないかということなのです。

 

 人類の経験した極限状況に、それぞれのエピソードを重ねてみても、その描写は薄れることなく、存在し続けます。

 

 たとえば、巨人除けの壁、50メートルあるそうですが、ある自然現象の想定外の設定によって打ち破られたということもできなくはありません。権力者がデマによって、人々の混乱を政治的に防ごうとするのは現代でもないとは言えないでしょう。登場人物のような極限状況に陥った時、私たちがどういう選択肢をとるかということと、その理由を考えながら、この物語に接しても決して過不足はありません。

 

 人類は食物連鎖のピラミッドから離脱しているのにもかかわらず、同種族内での弱肉強食を継続しているといえるでしょう。それをピラミッド時代のなごりなのだとして語る哲学者もいます。けれども、人類が未だに、人間の存在に見合った社会を創出するに至っていないということがいえるのではないでしょうか。人類はその存在とその維持の調和を自らとる必要があるにもかかわらず、未だに人任せにしているといえるのかもしれません。そして、人任せの風潮はまるで呪いのように、天敵による犠牲を伴った調和を、人々に必要悪として思い起こさせているのではないでしょうか。

 

 構造不況と言われながらも、誰もがチャンスの創出を目指すのではなくして、童謡「待ちぼうけ」の切株のチャンス到来を待っているかのような受動的な現代の風潮に対し、まるで調査兵団のごとくに切り込もうとしているのが、この物語なのかもしれませんね。

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コメント: 2
  • #1

    ビブリオ (日曜日, 09 6月 2013 12:32)

    非常に読める。イイですね。

  • #2

    tadasane-sakamaki (日曜日, 09 6月 2013 18:12)

    コメントありがとうございます! 
    乙乾杯!

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