Bound(バウンド/1996.米国)

 映画の題名には、原題がそのままでカタカナ表記されているものと、新たに邦題をつけられたものとがあります。 最近では前者が圧倒的に多数を占めています。 国内の英会話人口が多数派になったわけではないのでしょうが、「原題では理解できない」とストレスを訴える人が少なくなったと言うことはできるのでしょう。 しかしながら、邦題としてつけられたものにも見事な題名も存在します。1973年の「追憶」は”The way we were”(私たちの存在した方法)という原題ですが、これは邦題の方が非常にわかりやすく、直観的衝撃さえ与えてくれるものです。ちょっと古いのですが、1931年、マレーネ・ディートリッヒが女スパイを演じた「間諜X 27」は、”Dishonored”(不名誉)という原題でした。「間諜=スパイ」という訳語さえ今では死語ですが、「間諜」という言葉におどろおどろしい印象を抱いた人は少なくないのではないでしょうか。ヴィヴィアン・リーとロバート・テイラーの恋愛巨編「哀愁」(1931年)の原題は”Waterloo brige(ワーテルロー橋)といいますが、胸が締め付けられるような恋愛物語のせつなさを語るには邦題の方が明らかにピンとくるでしょう。 

 さて今回のお題、バウンド(bound)、これだけ聞くとおそらくほとんどの人がボールの弾む様子を思い浮かべることと思いますが、ストーリーから振り返ると辞書の三番目の意味「範囲」「境界」「限界」を用いるのが最も適しているでしょう。しかも、この三つの意味の全部が、この物語のニュアンスとして見事に当てはまります。私自身としては邦題を「壁」とするのが、この映画を振り返るのにふさわしいのではないかと思いました。

 とある都会の高級マンションのエレベーターに、三人の男女が乗り込んでいきます。一人はいくつかの道具を詰めたバケツといっしょの女性配管工。皮ジャンに多数のピアスを打った耳、ややパンクな出立に堅気ではない匂いがします。そして、もう一方のカップルの男性はイタリアンブランドの高級スーツをまといながらも、どこか紳士とは言えない雰囲気を漂わせ、連れの女性は黒皮のハーフコートを着ていて、まるで金魚のように歩いています。このカップル、工員の彼女とは対照的ではありますが、こちらも明らかに堅気ではありません。そんなやくざな三人がエレベーターを降りたのは偶然にも同じ階で、鍵を開けたのも隣同士の部屋でした。一見、接点のあり得ない二人と一人ではありますが、二人の女性が視線を合わせた瞬間から、もうすでにサスペンスの撃鉄はギリギリと引き上げられていたのでありました。

 非常に丁寧な作りをした映画です。まるで口説かれているような感触があります。それゆえ、裏社会の非常識な日常も何となく理解させられてしまいます。この映画の監督は、ウォシャウスキー姉弟で、彼らはこの映画の三年後、「マトリックス」を完成させます。彼らの演出のリアリティの説得力はすでにこの映画で充分に発揮されていたのがわかります。マトリックスの成功は、この映画の製作段階ですでに約束されていたといえるのかもしれません。 

 マフィアの情婦・バイオレット役にジェニファー・ティリー、配管工の女怪盗・コーキー役にジーナ・ガーション、どちらも当たり役といえるでしょう。とりわけジェニファーの目の演技が緻密で、サスペンスを際立たせているようです。そして、ジーナの存在感、汚れた作業着をこれだけおしゃれに着こなす女性はきっといないでしょう。 

 何も考えずに身をゆだねてご覧ください。まるでニューヨークの裏社会のきわどい世界を、ほんのちょっとですが、軽く散歩してきたような気になれる作品です。え、そんな危険なところ散歩したくないって、大丈夫です。あなたの観覧席は、安全なバウンド(境界)によって守られていますから、存分に息をのむサスペンスをお楽しみください。

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コメント: 4
  • #1

    みぃまん (木曜日, 24 1月 2013 13:50)

    この作品にどことなく?愛を感じるブログっていう印象を受けましたww派手なアクションを使ってないのにスタイリッシュで、本当に雰囲気がとってもよくて、いろんな意味で濃厚さが散りばめられていて素敵ですよね・:*:・(*´エ`*)ウットリ・:*:・久しぶりに見ても感覚が変わらず見れる作品だと思います^-^)b

  • #2

    tadasane-sakamaki (木曜日, 24 1月 2013 18:36)


    愛というものが、
    人が人を大切にするということならば、
    そこに形は不要なんでしょう。
    レスビアンだろうが、ゲイであろうが、はたまた普通の男女間であっても、
    愛の育つさまは感動を誘うのでしょうね。
    コメントありがとうございました

  • #3

    Juicer Reviews (土曜日, 04 5月 2013 14:54)

    I shared this upon Twitter! My friends will definitely enjoy it!

  • #4

    tadasane-sakamaki (日曜日, 12 5月 2013 20:40)

    Oh thank you very much!

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